JFシェルナース
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貝殻で作られた魚礁「JFシェルナース」により、貝殻が微生物や小型動物の棲みかとなり魚を育て、海を育みます。海のものを海に戻す、これぞ大自然の法則。

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 干潟の再生のヒントは、身近なところにあります。昔からその漁場を見つめ続けてきた漁師さんのお話です。
 人工干潟技術が発達して、改めて見直されているのが“天然の干潟の仕組”です。工学では「自然に学べ」という教えがあるようですが、人間が造って多くの実験が行われてはじめて、自然のメカニズムの素晴らしさに気づき、それが次の技術革新に結びつくことがあります。
 しかし、干潟は科学的に未解明なことも多く、さらに各々個別の干潟の個性までは調査しきれません。その場合、その海域のもともとの環境や生態系の情報は大変参考になります。現在は、地形が壊れて、生物が居なくなっていても、条件が整えば、また戻ってくる可能性があるからです。そのため、地元の漁師さんの開発前の干潟のお話は、とても重要なのです。「温故知新」という、未来を考えるには昔を学ぼう、という言葉もあります。
 現在、各地で注目されているのは、「戦前の水産試験場の調査」です。水産物が輸出され、漁業が国家を支える産業だった時代には、沿岸漁場は生産基地として「漁場図」が作られました。海岸や海底の地形、干潟、藻場、磯、代表的な水産種の分布が記録されています。この海域にこんな漁場があったのかと感動します。
 一般の人でも入手可能な参考としては、国土地理院の過去の地形図があります。例えば、瀬戸内海備讃瀬戸の岡山県味野湾・児島周辺の明治43年(図1)、平成8年(図2)の姿を示します。現在のJR児島駅周辺の平地には、干潟を堤防で仕切った塩田が広がっていました。「大畠」という地名は、漁村にしては不思議だなと思っていたのですが、なんと、"海の畑"だったようです。地先に広大な藻場や干潟が広がっていて、徒歩や小舟で豊富な魚介類が捕れたのです。茅刈という地名も、干潟に面した湿地が広がっていて、漁業や生活道具の原料を提供する場所という意味でしょう。
 さらに、図の左は、現在の水島コンビナートです。高梁川の河口に干潟や浅い海が広がっており、その前面には備讃瀬戸があるという絶好の漁場条件の場所だったようです。
 このような地図を見ていると、どのような海だったのだろうと想像してわくわくします。
 沿岸開発による経済発展は認めるとしても、漁業や自然環境のためには、残された干潟を最大限大切にし、使われなくなった埋立地の使い方を見直したり、壊れた漁場を治す必要があります。
 その時に、昔の地図を見ながら、地先の干潟の具体的なお話を聞くのが重要な調査活動だと思います。
どの状態までは再生できるかは、その場所の個性や履歴によるからです。一般的な技術のお話ばかりでは現実の海に適用できるかわかりません。地域の住民や子供も、昔話を聞いて、その海辺のポテンシャルを知っておけば、未来のアイデアが浮かんできそうです。
清野 聡子

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