JFシェルナース

貝殻を充填したメッシュパイプを組み立てて作られた魚礁「JFシェルナース」は、リサイクルの推進に繋がると共に、微生物やさまざまな小型動物の生育の場を供給し、里海の創出と生物多様性の向上に貢献します。また貝殻の持つ生物増殖機能が漁場の水産環境整備に寄与します。JFシェルナースの開発・製造の他、魚礁漁場調査を行う海洋建設株式会社。

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 Weekly Column  【2007.06.29】
   「ぼくらはみんな生きている」という本(以前TV放映されたらしい。主演は岡山県出身の○○○○ジョー)をご存知だろうか。ある男性が18歳のときバイク事故にあい、目覚めた後全ての記憶をなくしてしまって・・・というノンフィクションらしい。
   私も先日まで全く知らなかったのだが、作者であり、事故にあった当人でもある坪倉氏のお父さんと主人がバイク関連のイベントで何度かお会いしたことがあり、今年の連休中、某ラリーで久しぶりに再開した際親子で参加されていて、そのことを始めて伺ったとのこと。
   私もまだ読んでいないので詳しい内容は分からないが、主人が本人から聞いた話によると、記憶喪失といってもドラマなどでよくあるように自分や家族、友達の記憶がなくなるだけではなかったらしい。見るもの全てが初めてで、それが何という名前で何をするものなのかが全くわからず、例えば食べ物をみてもそれが食べるものだと分からないし、お金を見ても何に使用するのか価値が分からない。生まれたばかりの赤ん坊と同じで、1つ1つ新しい知識として覚えていくしかなかったのだそうだ。
   本人にとっても大変なことだろうが、ご家族はじめ近しい人は本当につらかったろうと思う。愛している人が私のことや共有してきた色々な記憶を忘れてしまうということは、自分本位に考えると、とっても切なくつらいことだろうと想像できるからだ。
   大好きな歌詞に「ただこうして繰り返されてきたことが そうこうして繰り返していくことが 嬉しい 愛しい」とあるように、特別なことはなく同じことの繰り返しの平凡な日々であっても、それはとても幸せなことだと最近感じることが多い。ただこの先何が起こるかは誰にも分からない。だからこそ何があっても後悔しないように、毎日精一杯過ごせれば良いな思う今日この頃である。

 Weekly Column  【2007.06.22】
   今月最初のコラムで友人に教えてもらった詩のことを書いたが、リンク先が不明になってしまった。未読で興味のある方は是非「私があなたを選びました」で検索して下さい。
   さて、最近学生時代に聴いていた音楽(主に80年代前半から90年代前半)が妙に懐かしい。その時期のベスト盤等様々な企画CDがレンタルされているので、編集して聴くのが最近の楽しみの1つだ。
   保育園時代の〇ンクレディのものまねにはじまり、付録の歌本やランキング番組の録音(TVの前にカセットデッキを置く手法。従って生活音や家族の声などが入り失敗することも多々有)で最新曲を覚えた小学生時代(アイドル全盛期)。レンタルレコード屋で洋楽(〇ドンナや〇ン・ジョヴィ他)を借りた中学生時代。尾崎〇の曲に感化された同級生が、校舎の窓ガラスを割るという痛い事件も起こった。
   CDが主流になった高校生の時には、イカ天(いかすバンド天国の略)ブームや、ダンス甲子園ブームがあった。ユーロビート(変な振り付き)が流れる、背伸びして行ったディスコの思い出。大学時代はクラブ&カラオケ三昧の日々だったので、特にこだわりもなく良いと思えば何でも聴いていたし、社会人になっても通勤電車の中や車の中など、音楽は本当に生活に密着しているものだと、振り返ると改めて感じる。
   音楽によって思い出すシチュエーションがあったりもする。例えばバイトしていたお店の有線で〇エモンの「〇AM」が流れていたときに、大好きだった祖父の訃報を告げる電話があった。だから内容に関係なく今でも聴くと悲しくなる。
   また自分が置かれている状況と歌詞を重ね合わせ、恥ずかしいくらい感情移入し、浮かれたり涙して、音楽によって自己陶酔することも可能だ。(歌詞の理解できる邦楽に限る。)
   このような音楽の話題はネタが尽きないし誰としても楽しい。が、やはり同年代だと妙に盛り上がるのは、同じ時期にジャンルや好みは違っても同じような音楽を聴いているからではないかと思う。しかし世代の違う人のお勧めを聴いてみるのも、以外な発見があって嬉しいものだ。
   これからも好きな音楽を聴ける、平和な世の中であってほしいと願っている。

 Weekly Column  【2007.06.15】
   6月17日は父の日だ。父親の本当に喜ぶものが何か毎年頭を悩ませ、本人に聞いても特にないとの返答、結局好きな食べ物に落ち着いてしまうのが常だった。
   しかし(既に渡してしまったのだが)今年のプレゼントはなんと自動二輪車。とはいっても〇ンダのCB125、原付(中古)だ。車の後ろにトレーラーを牽引し、それに固定して実家に帰ったら、父は本当に喜んだ。このことに関しては、主人にとても感謝している。
   というのも、このサプライズを企画し手配したのは全て彼だからだ。(納品日には私も知らなかったものだから、勝手にまた自分のバイクを買ったのかと少々怒りモードだったのだ。)以前実家にタンデムで帰省したときの
      父 「やっぱりバイクええねえ、乗りたいわあ」
      私 「スクーター(50CC)あるし、あれで我慢しんさいや」
      父 「足をそろえて乗るのはいやじゃ。またがって風をきりたいんじゃ〜」
   という父の言葉を、彼は覚えていてくれていたらしい。実際父はナナハンの免許を持っているらしいが(これも驚き)40年以上乗ってないし怪我でもされたら大変、という母の心配もあり、あきらめていたらしい。現在は母とおそろいのヘルメットも購入し、(しかし恐ろしいという理由で、母はまだ後部シートに乗ってないらしい。父残念。)毎日のようにふらふらツーリングもどきに出かけている。(そういえば主人曰く、最近父と同世代のバイク乗りが非常に多いとのこと。そういえばバイク雑誌でもおっさんライダー特集なるものをよく掲載している。)
   今年の3月に定年退職した父。これまで家族のためにやりたいこと、欲しいものを我慢してきたであろう父が、自分の為だけの時間を楽しんでくれるのは、私にとっても非常に嬉しいことである。人生80年としてまだまだ先は長い。健康で、これまで以上に充実した余生を送って欲しいと心から思う。

 Weekly Column  【2007.06.08】
   先日某民放で「日本の美しい橋ベスト3」というのをしていた。
   その番組内での第3位は熊本県の通潤橋、第2位は栃木県日光の神橋で、第1位に輝いたのは、山口県岩国市にある国の名勝 錦帯橋だった。300年以上前に吉川広嘉によって清流 錦川に架けられた、木造五連のアーチが美しい橋である。(数度の修復歴有)
   私の実家は岩国市に隣接する広島県最西端にあり、錦帯橋へは車で30分の距離。子供の頃から何10回となく訪れている身近な観光名所だ。春は川岸の桜が満開になり花見客で賑わう。隣接する吉香公園内には牡丹、しょうぶ、紫陽花などが咲き乱れ、夏の夜には、花火大会やう飼い開きの行事がある。秋には、錦帯橋を望む岩国城周辺の山々が美しく紅葉し、そして冬の雪景色もなんともいえない風情。四季折々の顔を見せる錦帯橋は、誰と行っても朝から晩まで楽しめる観光地で、私にも様々な思い出がある。
   また日本人観光客だけでなく、米軍の岩国基地が近い為アメリカ人も多数訪れており、インターナショナルな雰囲気も楽しめる、かもしれない。(数年前に酔っ払った米国海兵隊員が車で無理やり錦帯橋を渡ろうとし、破壊した事件は記憶に新しい。錦帯橋は車両通行禁止だ。というか普通に車で渡るのは不可能だ。)
   ちなみに漫画家の弘兼憲史氏(役職名 島〇〇の作者)はこの付近の出身らしく、時々作品の舞台が錦帯橋やベース周辺のものがあり、登場人物の方言を読むと懐かしくて笑える。(例) 「早うしんさいや〜」 → 岡山弁の「早うしね〜」 → 標準語「早くしなさい」という訳で?少々話がそれてしまったが、岡山県からの交通アクセスもよい錦帯橋、一度ぜひ訪れて見て下さい。

 Weekly Column  【2007.06.01】
   昨年11月のコラムに「子供がほしい」などと書かせて頂いたら、なんと授かった。
   (会社のAさんから「妊婦さんに富士山の絵を描いてもらったらいいよ」と伺い、それを話した妊娠中のM子さんから昨年末に頂いたご利益か?それともKさんから教わった方法を試した成果か?)そのことがわかったのは1月末のこと。TVや映画で妊娠を告げられるシーンしか知らなかった私の中では、医師から重々しく告げられるイメージがあった。
医 師 「おめでとう。妊娠○ヶ月ですよ。」
主人公 とても喜ぶ、感激する or 何らかの事情があって悩むしかし私の場合、たまたま不正出血の為行った某総合病院で内診中
医 師 「あっれー?もしかして妊娠の可能性があっちゃったりするぅ?」
「いや、なきにしもあらずではありますが・・・」
医 師 「どうやらそんな感じよ〜ん。」
   などとかる〜いノリで告げられ、その後「出産予定日は6月○日です」という説明を受けた。動揺していて気付かなかったのだが、よくよく考えるとおかしい。だって私が病院に行ったのは1月末で、その時妊娠2ヶ月だったので6月に出産なんてありえない。(人間は10ヶ月で生まれること位は知っている。)そこで次の日、同じ病院で質問したところこの返答。
医 師 「いっやぁ〜、9月○日の間違いだねぇ。ほら6と9って似てるじゃない?書き間違えちゃったぁ、ごめんごめん」
「・・・・・(他の病院に行こう。)」
   こんなふざけた感じで初めての妊娠生活がスタートしたわけだが、特に初期は心配事やつわり等本当に苦しかった。そんなとき友人が教えてくれた詩に元気付けられ、(興味のある方はどうぞ)http://www5.ocn.ne.jp/~emimama/watasiganatawoerabimasita.htm また周囲の方々から様々なアドバイスやお気遣いを頂き心強かった。(この場を借りて感謝申し上げます。)
   とはいうものの、男性が同じ痛みを受けると死んでしまう、という実証していない(というかし得ない)説を聞くにつけ、出産という行為に多少びびり気味だが、良いことのみ考えることにし、高齢出産にむけて邁進する日々なのである。
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