カキ殻餌料培養基質における餌料動物の付着量
片山貴之・田原 実・片山敬一  (海洋建設株式会社)
野田幹雄  (水産大学校),柿元 晧  (全振協)
1.はじめに
   水産生物の保護培養手段の一つとして、餌と隠れ場の供給が重要であると考え、カキ殻を用いた餌料培養基質を考案及び製作した。本発表では、餌料培養基質に期待する効果である魚類に対する「餌料の供給」、「隠れ場の確保」について、大阪湾海域において2年間にわたり試験を行った結果を述べる。また、備讃瀬戸海域において同様の試験を行ったので、それとの比較も述べる。
2.試験方法
   この試験に用いた試験施設(以下 テストピース という)は、直径150mm、長さ300mmの円柱型の高密度ポリエチレンメッシュパイプにカキ殻を充填したものとした(図 1写真 1)。また、対照として同型のコンクリートシリンダーを用いてカキ殻との比較を行った。
図 1.カキ殻テストピース図 写真 1.カキ殻テストピース
   試験方法は、沈設した各テストピースをダイバーによって引上げた。引上げは海中でテストピースから付着動物が逸脱しないように一本づつ木綿袋に収容し、船上に引上げた(写真 2)。付着動物採取作業では、テストピースの付着動物は内部のカキ殻のみならず、メッシュパイプ表面の付着動物もすべてそぎ落とし、10%ホルマリンで固定し試料とした。試料は株式会社海洋生態研究所にて種の同定、個体数、湿重量の計測を行った。
写真 2.テストピース引き上げ状況
   試験定点として、大阪府南部の岬町谷川地先を選定した(図 2写真 3)。その海域に沈設してある魚礁に2種類のテストピースを15組取付けた。定点の水深は12.0mであった。
図 2.試験定点図 写真 3.岬町谷川地先
   以上のような試験を96年8月にテストピースを沈設し、その3ヶ月後の96年11月から98年8月までの24ヶ月の間にカキ殻で3ヶ月毎(全8回)、コンクリートで6ヶ月毎(全4回)試験を行った。
表 1.調査期間
96/08 96/11 97/02 97/05 97/08 97/11 98/02 98/05 98/08
カキ殻 テストピース設置
コンクリート テストピース設置        
テストピース沈設
経過期間(月)
0 3 6 9 12 15 18 21 24
3.結果
  1)大阪湾水域の餌料動物量
   潜水調査を行った結果、沈設したテストピースの表面に多くの付着動物、付着海藻が確認できた(写真 45)。主にテストピース表面に見えるのは、通年を通してサンカクフジツボ(Balanus trigonus)であった。
写真 4.テストピース状況
(左:沈設直後-96年8月、右:24ヶ月経過後-98年8月)
写真 5.テストピース状況(18ヶ月経過)
(左:カキ殻、右:コンクリート-98年2月)
   付着海藻では、カジメ(Ecklonia cava)が繁茂している様子を確認した(写真 6)。カジメはカキ殻テストピースのカキ殻やメッシュパイプに根をからませていた。また、カジメにアオリイカ(Sepioteuthis lessoniana)の卵のうが産卵されている状態を確認した(写真 7)。
写真 6.テストピース付着海藻状況 1
(左:カジメ-98年2月、右:カキ殻やメッシュパイプにカジメの根が張っている様子-98年2月)
写真 7.テストピース付着海藻状況 2
(テストピースに繁茂しているカジメ基部にアオリイカの卵のうが産卵されていた-98年8月)
   また、魚類の蝟集も確認でき、カワハギ(Stephanolepis cirrhifer)やベラ類(Labridae sp.)がカキ殻テストピース表面の付着動物を摂餌している状況を観察した(写真 8)。
写真 8.魚類利用状況
(カワハギがテストピース表面の付着物を摂餌していた-97年11月)
   この試験において出現した付着動物は、24ヶ月でカキ殻は269種、コンクリートで99種とカキ殻の方が約2.5倍程度出現種の多い結果が得られた。
   24ヶ月の間で個体数が多かった出現種はサンカクフジツボ(Balanus trigonus)、キヌマトイガイ(Hiatella flaccida)、ヒメケブカガニ(Pilumnus minutus)、トウヨウコシオリエビ(Galathea orientalis)およびアシナガモエビモドキ(Heptacarpus futilirostris)であった。
   また、その他に小型魚類やマダコ(Octopus vulgaris)もテストピース内において確認できた(写真 9)。
写真 9.付着動物利用状況
(左:アシナガモエビモドキ-98年2月、右:マダコ-98年5月)
   付着動物湿重量の経月変化は各テストピースともに増加し続け、21ヶ月目より減少していた(図 3)。また、個体数では6ヶ月目までほぼ同様のレベルで増加していたが、それ以降はカキ殻の方がコンクリートに比べ高位を示していた。付着動物の種類数では、一定期間を経過すると横這い状態になっていた。カキ殻とコンクリートの比較では12〜24ヶ月経過時でカキ殻の方が約30〜60種程度多いことがわかった。
図 3.付着動物の経月変化
(上:湿重量、中:個体数および下:種類数、●:カキ殻、▲:コンクリート)
   次に魚類等の餌になりやすい付着動物の差について述べる。魚の餌になりやすいと考えられる分類群を餌料動物として一括し集計した。餌料動物として集計した種は、渦虫類、ヒモムシ類、ホシムシ類、匍匐性多毛類、ユムシ類、軟体動物類、節足動物類(フジツボ類はサンカクフジツボのみを含む)、クモヒトデ類、ウニ類、ナマコ類および魚類である。
   餌料動物の湿重量の推移は付着動物湿重量の結果(図 3)とほぼ同様であり、カキ殻の方がコンクリートに比べ多くなっていた(図 4)。また、種類数においても一定の期間を経過すると横這い状態になるという点においても同様であった。
図 4.餌料動物の経月変化
(上:湿重量、中:個体数および下:種類数、●:カキ殻、▲:コンクリート)
   餌料動物の中で、特に魚類がよく好んで摂餌する十脚類、端脚類および匍匐性多毛類を集計し選好性餌料動物とした。カキ殻とコンクリートでは明らかに湿重量、個体数共にカキ殻の方が多かった(図 5)。これは十脚類の湿重量の多さが影響しているためであり、同様に端脚類、匍匐性多毛類においても、コンクリートを上回る傾向が見られた。
   選好性餌料動物の個体数では、端脚類が圧倒的に多くなっていた。これは、十脚類と端脚類1個体当たりの湿重量の違いから現れていると考えられるが、カキ殻の方が個体数においても多い結果が得られた。
   また、それぞれの組成においてもコンクリートに比べ、カキ殻の個体数が多いことがわかった。これは付着動物がコンクリート表面にしか付着できないのに対し、カキ殻はその重ね合せによって形成される大小さまざまな空間に付着動物が付着しやすかったためと考えられる。
図 5.選好性餌料動物の経月変化
(上:湿重量、中:個体数および下:種類数、左:カキ殻、右:コンクリート)
  2)各テストピースに出現した魚類
   カキ殻テストピースには小型魚類のイソハゼ(Eviota abax)、ミサキスジハゼ(Priolepis borea)、イソギンポ(Parablennius yatabei)、カサゴ(Sebastiscus marmoratus)およびササノハベラ(Pseudolabrus japonicus)の5種が出現したのに対し、コンクリートではイソハゼ、イソギンポの2種しか確認できなかった(写真 10)。また図 6より、カキ殻とコンクリートの差は明らかで、湿重量、個体数および種類数においてカキ殻の方が優位であることが分かる。これは先程も述べたが、カキ殻が重なって形成する空間は魚類にとって隠れ場、住み家といった効果を示しているものと考えられる。コンクリートも試験の後半では小型魚類の増加傾向が見られた。これはコンクリートに生物が付着し、表面が複雑になり、若干ながら、カキ殻と同様の効果が現れているものと考えられる。
写真 10.テストピース蝟集魚類
(左:イソハゼ-98年8月、右:イソギンポ-98年8月)
図 6.テストピース内より出現した小型魚類の経月変化
(上:湿重量、中:個体数および下:種類数、●:カキ殻、▲:コンクリート)
   以上の結果より、カキ殻とコンクリートの比較ではカキ殻の方が圧倒的に付着動物、餌料動物および選好性餌料動物の湿重量、個体数、種類数で多い結果が得られた。特に十脚類、端脚類および匍匐性多毛類といった選好性餌料動物での差が大きいことがわかった。これは付着動物がコンクリート表面にしか付着できないのに対し、カキ殻はその重ね合わせによって形成される大小さまざまな空間が付着動物の生育に有効であったためであると考えられる。また、小型魚類にとってもカキ殻の隙間は隠れ場として利用しやすいと考えられる。
  3)大阪湾海域と岡山海域との比較
   最後に大阪湾海域と岡山海域との差について示す。岡山海域2箇所において96年3月から98年2月まで今回と同様の試験を行った。今回は選好性餌料動物の結果を比較した(図 7)。湿重量では岡山海域の方がすべて多いことが分かり、個体数でも組成は異なるものの同様の結果であった。
図 7.大阪湾海域(24ヶ月後)、岡山海域(23ヶ月後)の選好性餌料動物の比較
(上:湿重量、下:個体数)
5.まとめ
   以上の結果より、カキ殻とコンクリートの比較ではカキ殻の方が付着動物、餌料動物および選好性餌料動物の湿重量、個体数および種類数で圧倒的に多い結果が得られた。特に十脚類、端脚類および匍匐性多毛類といった選好性餌料動物での差が大きくなっている。これは付着動物がコンクリート表面にしか付着できないのに対し、カキ殻の重ね合わせによって形成される大小さまざまな空間は付着動物の生息に有効であったためであると考えられる。また、小型魚類にとってもカキ殻の隙間は隠れ場として利用しやすいと考えられた。
(1) コンクリートに比べカキ殻の方が付着動物、餌料動物および選好性餌料動物の着生量が多かった。
(2) 付着動物、餌料動物および選好性餌料動物の種類数は一定期間経過すると横這い状態になり、カキ殻とコンクリートの種類数では多いときに60種程度の差があった。
(3) 小型魚類においても、コンクリートに比べ、カキ殻の方が湿重量、個体数および種類数において2倍以上上回っていた。
   以上のことから、コンクリートに比べカキ殻を利用した餌料培養基質の方が、魚類の「餌料の供給」、「隠れ場の確保」について優れていることが分かった。
6.参考文献
■柿元 晧、大久保久直
    (1985)
: 新潟県沿岸における人工魚礁の総合的研究と事業.新潟県水産試験場.
■田中丈裕
    (1998)
: 沿岸の環境圏.フジ・テクノシステム, 1226-1243pp.
■岡山県
    (1993)
: 餌料培養基質実用化試験調査報告書
■海洋建設株式会社
    (1998)
: シェルナース 水産資源増殖施設効果調査報告書
7.謝辞
   最後に、ご協力いただいた大阪府立水産試験場職員の皆さまに厚くお礼申し上げる。
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